秋から冬にかけて気分が落ち込み体調をくずしてしまう「冬季うつ」という季節型のうつ病が取り上げられていますが、これは非定型うつ病の一つといわれています。

多様化している「うつ病」ですが、どのような症状があり、どのような性別・年齢層の人がうつ病になりやすいのでしょうか?
仕事上のストレスや過労が発症のきっかけになる
WHO(世界保健機関)の調査によると、日本人の健康寿命を脅かす病気のうち、うつ病は、脳血管疾患、認知症に次ぐ第3位であることがわかりました。
(WHO World Health Report. Published February.2009(※がんは部位別で算出))
自殺の原因となることもあり、命に関わる重大な病気です。
うつ病は、老若男女問わず発症の可能性がありますが、その背景には、それぞれの年代特有の原因があります。
働き盛りのうつ病では、仕事上のストレスをきっかけに発症するケースが多くみられます。
仕事をしていれば、誰でも何らかのストレスを感じるものです。
ストレスがたまってきていることを早く察知して、適切に対処すれば、うつ病の発症を防げる可能性があります。日常生活に支障がなく、本人も困っていなければ、ストレスがあるというだけで、医療機関を受診する必要はありません。
ただし、「気分の落ち込み(抑うつ気分)」と「何事にも興味がもてず、楽しいはずのことが楽しめない(興味・喜びの喪失)」のうちどちらか1つでも、多少の波はあっても2週間以上、毎日続くようなら、医療機関を受診することが勧められます。
うつ病が疑われる9つの症状
① どちらか一方、または両方にあてはまる
気分の落ち込み(抑うつ気分)
何事にも興味がもてず、楽しいはずのことが楽しめない(興味・喜びの喪失)
抑うつ気分と興味・喜びの喪失は、うつ病の必須症状。食欲や睡眠の異常などの有無とあわせて、診断が確定します。
② 上記項目に加えて、以下項目の5つ以上にあてはまる
よく眠れない
食欲の変化
疲れやすい
思考力、集中力の低下
自分を責める
生きていてもしかたないと思う
動作や、話したり考えたりするのがゆっくりになっている
①の項目でどちらか一方、または両方の症状があり、②の項目でも5つ以上の症状が1日中かつ2週間以上続く場合は要注意です。
休職して治療に専念することが、回復への近道になることも
うつ病と診断された場合、症状が落ち着くまでには、最短でも2〜3か月間、長ければ1〜2年間かかることもあります。
診断の際に当てはまった上記のチェック項目の数やその強さによって、軽度、中等度、重度の3段階に分けられます。
軽度の場合には、働きながら治療を受けるケースもありますが、中等度から重度の場合は、多くが休職して治療を受けることになります。
治療で薬をのんでいると、注意力や集中力が低下しやすくなります。
その状態で仕事を続けていると、思ったように仕事が進まず、それによりまたストレスがたまって、回復が遅れてしまうことがあるのです。
場合によっては、仕事から完全に離れて治療に専念することが必要です。
うつ病の患者さんのなかには、自分を責めて、会社を辞めるという決断をする人もいます。
その後の人生に大きな影響を及ぼす可能性があるので、うつ病の症状が現れている状態で大きな決断をしないよう、上司や同僚からもアドバイスすることが大切です。
働き盛り世代のうつ病は、労働力の損失という意味では、社会的な問題ともいえます。
一人ひとりが予防するだけでなく、社会全体で対応していくことが大切です。
復職は焦らず慎重に
症状が改善しても、すぐに職場に復帰すると、再び症状が悪化するおそれがあります。
復職する前に、1日の生活リズムを取り戻す訓練を行うことが大切です。
通勤することを想定し、毎日同じ時刻に起床することから始め、例えばパソコンに向かうなど、できる範囲で職場と同じような仕事の練習をします。
リズムが整ってきたら、短縮勤務から始め、慣れてきたら徐々に時間を延ばして通常勤務に戻します。
また、現在ではこの期間にリワーク施設を利用する場合もあります。
うつ病は、適切な治療を行えば、十分に治る可能性があります。
もし、うつ病にかかったとしても、再び社会で元気に活躍できるように、周囲もうつ病について正しい理解を深めましょう。
産後は10%の女性がうつ病を発症する
産後2〜3週目ごろから1年くらいの間に発症するうつ病を、産後うつ病(産褥期うつ病)といいます。
決して珍しい病気ではなく、産後の女性のおよそ10.3%にみられるとされています。
(平成21年度 厚生労働省科学研究費補助金子ども家庭総合研究事業より)
産後は、女性ホルモンの分泌量が急激に変化するため、心身のバランスを崩しやすくなります。
多くの女性が、出産直後にふさぎ込んだり、気持ちが不安定になったり、涙もろくなったりといった変化を経験します。
こうした状態をいわゆる「マタニティブルー」、専門的にはマタニティ・ブルーズといいます。
出産直後から10日後くらいの間に起こるもので、長くても1週間程度で自然と治まります。
一方、産後うつ病はうつ病の一種で、対処や治療が必要な病気です。
産後うつ病を発症すると、育児や家事ができなくなったり、不眠になるなど、生活に支障を来します。重症の場合には、自殺や心中を図る危険性もあります。
子どもとのスキンシップが不足したり、適切なケアができなくなったりするため、子どもの発育にとっても重大な影響を及ぼすのです。
マタニティ・ブルーズと産後うつ病の違い
マタニティ・ブルーズ | 産後うつ病 | |
発症時期 | 産後すぐ〜10日ぐらい | 產後2、3週間以降〜1年ぐらい |
発症率 | 30~50% | 約 10% |
経過と対処 | 長くても1週間程度で自然に回復 | 対処や治療が必要 |
過去に産後うつ病を経験している場合は、次の出産のときに再発する危険性が高いといわれています。
回復には、周囲の協力が不可欠
産後うつ病を発症しやすいのは、一般的に、家族の協力が得られにくく育児の支援が少ない場合や、子どもに病気があったりして負担が大きい場合などです。
以前にうつ病などの精神疾患を発症したことのある場合も、起こりやすいことがわかっています。
産後うつ病では、通常のうつ病と同様に、「無力感」や「自責感」「不眠」などの症状が続きます。
周囲の人から見ると、「人が変わったようだ」と感じられることもあります。
特に、不眠はうつ病の大きな特徴です。
「育児が大変で寝る時間がない」と考えてしまいがちですが、本人が「眠れなくなった」と感じている場合には注意が必要です。
心配な症状が続くときは、出産した医療機関や、精神科などを受診しましょう。
産後うつ病の治療でまず大切なことは、十分な休養です。
家族や周囲の人に協力してもらい、育児や家事の負担を減らしましょう。こうした環境調整だけで症状が改善することもあります。
1人で育児の悩みを抱え込まないためにも、地域の保健所などの育児支援を利用したり、父親が育児休暇をとってサポートするのもよいでしょう。
家族や周囲の人は、”産後にうつ状態になるのはよくあること”と理解することが大切です。
病気であっても母親は育児を頑張っているので、全く育児をさせないようにするのではなく、母親の気持ちを尊重しながらサポートするとよいでしょう。
月経前にうつ病のような症状が現れることも
女性ホルモンは、月経の前後にも分泌量が大きく変化します。
そのため、月経前に「イライラする」「気分が落ち込む」「頭痛」「腹痛」といった症状が現れる女性は少なくありません。
米国精神医学会の分類(DSM-5)では、このような月経に伴う症状が毎回現れ、それが日常生活に大きな支障を及ぼす場合を、月経前不快気分障害(PMDD)といううつ病の一種としています。
月経前に現れる症状に悩んでいる場合は、婦人科や精神科を受診しましょう。
治療によって症状を改善できます。
高齢者のうつ病は認知症や”年のせい”と間違われることが多い
うつ病は働き盛りの世代に多い病気ですが、高齢者にも多くみられます。
特に、60〜70代の女性に非常に多いことがわかっています。
高齢者にうつ病が多いのは、きっかけとなる出来事が増えるためです。
気分障害(うつ病・双極性障害など)の患者数 -性別・年齢階層別-
うつ病を含む気分障害の患者数を男女別に表したグラフ。
男性の割合が低いのは、受診率が低いためとも考えられています。大塚製薬株式会社 こころの健康情報局「すまいるナビゲーター」
『うつ病ABC』よりグラフ画像を引用
例えば、退職して孤立することが増えたり、経済的な心配が生じたりします。
配偶者や親しい人との死別を経験したり、病気を発症することも多くなり、体の衰えも実感するようになります。
こういった出来事をきっかけにうつ病を発症することが、とても多いのです。
高齢者にうつ病が起こりやすいということは、一般にはあまり知られていません。そのため、「高齢だから元気がなくて当たり前」「体の調子が悪ければ憂うつにもなるはず」などと考えられてしまい、見逃されやすいのです。
高齢者のうつ病を見逃さないためには、その特徴を知っておく必要があります。
うつ病を発症した高齢者は、引きこもる傾向が強くなり、家事などをしなくなります。
イライラや不安感が目立つようになり、頭痛や腰痛などの痛みや、全身のだるさといった体の不調を訴えるようにもなります。
「自分は罪を犯している」「わが家はお金がなくなり破産する」などといった妄想で苦しむ人もいます。
「活気がなくなって引きこもりがちになる」「物事への興味がなくなる」といった症状は、アルツハイマー型認知症の初期の症状によく似ています。
物忘れも両者に共通する症状ですが、その状態に違いがあります。
高齢者のうつ病と認知症の症状
うつ病の場合は、もの忘れをする自分を責めるが、認知症の初期には、何か理由をつけて取り繕おうとします。
認知症の場合、10〜20%がうつ病を合併しているというデータがあります。
(Wragg RE, et al. Am J Psychiatry 1989)
また、うつ病でもの忘れなどの認知機能の低下が現れている場合、そのうちの9〜25%が、1年程度で認知症を発症するというデータもあります。
(Dobie DJ, et al. Semin Clin Neuropsychiatry 2002)
うつ病や認知症ではないかと思える症状がある場合には、精神科や神経内科など、うつ病や認知症を専門とする医療機関を受診することが勧められます。
診断がつけば、それぞれの治療が行われます。
うつ病で認知機能が低下している場合は、うつ病の治療で認知機能も改善する可能性があります。
趣味をもったり、家庭や地域での役割をもつことが予防になる
高齢者のうつ病を予防したり、症状を軽減したりするには、趣味や家事などの”役割”をもつことが効果的です。
スポーツをしたり、外に出て人間関係を広げるのがよいといわれています。
デイケアに行くのもよいでしょう。
室内で1人で行う趣味でもよいので、自分に合った方法で生活のなかに楽しみを見つけたり、人と関わりをもつように心がけましょう。
周囲の人は、じっくりと話を聞くことが大切です。
高齢者は、つらいときにも、自分から積極的に相談できないことがあります。周りの人が話を聞く機会をつくりましょう。
本人が「助けてもらえてうれしい」と感じることが、うつ病の予防や改善に役立ちます。
典型的なうつ病とは正反対の症状が現れることも
うつ病というと、几帳面や生真面目で、他人に気を使い過ぎる人が発症する病気と考えられています。
しかし、近年こうした特徴に当てはまらないうつ病が増えています。
一般社会では”現代型” “新型”などと言われることがありますが、これは医学的な病名ではなく、日本でも以前から報告されている病気です。
いくつかの種類があり、医学的な病名がつけられています。
なかでも代表的なのは、「非定型うつ病」です。
「抑うつ気分」や「興味・喜びの喪失」といった典型的な症状に加え、「食べ過ぎ」や「眠り過ぎ」などの症状が現れることがあります。
自分の好きなことを行うときなど、何かきっかけがあると、一時的に気分がよくなることがあるのが特徴です。
そのため、周囲から”単なるわがまま”と誤解されてしまうことも少なくありません。
「ディスチミア型のうつ病」も、近年注目されています。
ディスチミア型のうつ病では、典型的なうつ病の患者さんにみられる抑制症状や罪の意識が乏しく、ストレスを回避しようという行動が目立ちます。
時に、自分の抑うつを他人のせいにしてしまうこともあります。
このほか、典型的なうつ病とは異なる特徴が現れている場合、それほど強くない抑うつ症状が長期にわたって続く「気分変調症」や、軽い躁状態が現れる「双極スペクトラム」なども考えられます。
生活リズムを整えることが、改善への第一歩
典型的なうつ病の予防や治療では、まず休養を勧めるのが一般的です。
しかし、非定型うつ病やディスチミア型のうつ病では、何もせずに休んでいることが、必ずしもよいとは限りません。
まずは起床時刻を決め、食事も規則正しくとるなど、生活のリズムを整えましょう。
なるべく外に出て人に会うことも勧められます。
また、うつ病の薬が効きにくく、発症にはストレスや格的な要因が関係していることから、認知行動療法などの精神療法が重要になってきます。
典型的なうつ病やディスチミア型うつ病と間違われやすい双極性障害
双極性障害は、うつ病と同様の抑うつ気分が現れる病気ですが、治療法は全く異なっています。
活気がありすぎる躁状態も現れるのが特徴で、うつ状態と躁状態を繰り返します。
うつ状態のほうが躁状態よりも期間が長く、回数も多いのが一般的です。
うつ状態を何回か繰り返した後、何年もたってから、初めて躁状態が現れることもあります。
25歳以下で発症することが多く、家族に双極性障害と診断された人がいる場合、特に注意が必要です。双極性障害でよくみられるのは、軽い躁状態 (軽躁) です。
明るく活動的になり、徹夜で仕事をやり遂げたりするなど、目を見張るような頑張りを示します。
周囲も”人が変わったようだ”などと評価し、病気であることになかなか気付くことができません。
一方、躁は、いっそう気分が高まり、自分が偉くなったように感じたり、金遣いが荒くなるといった症状が現れます。
周囲は異常に気付くものの、病気とは思わないことも少なくありません。
うつ病の治療を行っている人でも、後から躁状態が現れ、双極性障害と診断されることがあります。
また、ディスチミア型と思われていたが、実は双極性障害だったというケースもあります。
躁状態は、自分では気分がよく、病気だとは思わないことがほとんどです。
うつ病の症状に悩んでいた人が、突然極端に気分がよくなったりした場合は周囲が受診を勧めることも大切です。
双極性障害障害の症状の現れ方
症状が落ち着いている期間も薬による治療を続けることで、症状が強く現れるのを抑えることができます。
引用元
『日本健康マスター 公式テキスト』NHK出版
108-109頁 ”重症化しやすい働き盛り”
110-111頁 ”女性は産後が要注意”
112-113頁 ”高齢者は見逃されやすい”
114頁 ”うつ病は多様化している”
115頁 ”うつ状態と躁状態が現れる”
コメント